Series: 豆知識&やり方 神様と雑談 神さまのことば 作品について 不思議レポート 不思議な夜の話 不思議な光の話 不思議と徒然 ヒーリングと徒然 エネルギーの物語
Year: 2018 2017 2016

愛と想像

思いやりににているかもしれません
愛と想像力がむすびつくと
創造力があらわれます、創造性であり
それこそが、人間本来の
生産性です

思いやりのないこと
愛ではなく、
自我(自己保身、自己憐憫、あるいは自己慢心)と
欲がむすびつくと
創造力とは真逆の力が具現します

ひとを、おとしめ、とざし
くるしめ、そぎおとし
ふうじこめるちからです……

己の「まいた種」は
どこかの段階で
かならず、己の手で
収穫し、知ることになります……

人を己事で踏みにじるのか

人と己をおもい
己のちからを与えるのか
これは、たんに
胸底になにがあって
それをまいたのか、に
すぎないようです

……

だれでも、己のしたことは
後になればわかるのでしょう

そのときは正義でも
「愛のないこと」は
よく、人をそぎ落としています

これが、生々しい時は
どうしてもわからない
自分は正しいから、という
「もちまえの理由」しかわからなくなる

他人の傷が目に見てとれるようになって
ようやく
自分の正しさが幻想にすぎないことも
見えてくるのかもしれません

……

ここからさき
「想像」の欠落した思想と
「想像」と「愛」が
むすびついて、
創造性につながっていく思想と
まっぷたつに分かれてくるかもしれません

あなたがどちらにいるのかは
簡単に判別できます
「人の心が思えるかどうか」
それだけです

「貴方しかいない世界」
……貴方のことしか見えない世界に
いま、いるのなら
私は「他人のいる世界」へ向かうことを
おすすめします
2018-07-30 08:10:57

やってみるとわかることと、愛が祝福であること

「言うは易く行うは難し」といいますが
やってみると「言葉の軽さ」がわかりますよ

愛は「祝福」であり
呪いではありません。

「いう」よりも「行う」ほうがいいです
「行ううちに人生で培われたこと」ができてきます
言葉にするなら
そちらをする方がいいです
うんと、良いことになります

つまり畑もないのに畑を語ると
畑を騙る感じなるのよ



「あたま」はしょせん頭ですよ

でも頭はいつもそれを忘れる
覚えておきたいですね



ところで「愛は祝福です」
呪いではないです

真の愛があるなら
それは祝福になります

命あるところ愛は芽吹きます

理解できない愛の姿にあったとき
なぜでしょうね
理解しない側の、人間性が露呈します

そうして
呪いのように見なし(邪推といいますね)
ことば、呪いのような敵意、腐敗をぶつける人もいますが
ひるまない方がいいですね
ひるまない方がいいです



ほんとうなんですよ
愛が一番強いです
ひるまずに、愛した方がいいですね



「あたま」の上のことは捨てるといいですね
いいわけとごまかしにすぎません

だから「人の言い訳とごまかし」に
泡立つんでしょう。「そこにいてどうするんですか?」



ところで「想像力」と「創造性」の力は
人が思うより強いです

「愛」を表現してみませんか
ほかの想いは、過多しているし
ありすぎでしょう。ほかの想いは。


「愛」と「想像力」で「創造」してみませんか
2018-07-29 14:18:38

夏の納涼、怖いものへの注意事項

いちおう、「怖いものを観たがる心理」の
一番奥底には
人間であれば
神様や見えないことへの畏怖と
不思議なことへの敬愛(求める心)が
隠れています

ですので、そうしたことへの
積極的な否定はできないのですが

昨今はホラースポットや
怖いもの、怖いはなし(website含む)に
ラグナロクの影響で
ひどく禍々しい触りがでていたりします



私個人としては
廃墟など、うわさのホラースポットは
決して行かれない方がよいと
ご注意したいところです

前々から訪れる人の不謹慎さ
(霊体とはいえ(※))
人の苦しみを娯楽にし、
みたがるようなところに
不謹慎で攻撃的なエネルギー体がひかれあい
マイナスダークゾーンに陥っているところは
多数ありました

ただ、そうした
おそろしいことに
興味を持つな、とは
おもいません

※さまよう霊は
さまようだけの理由があり
それは生命の苦しみです、
みえない、わからないから
かれらが恐ろしいもだと思うだけで
ほんらいは彼らも人間であったもので
ただ、苦しみからさまよっている

ほんとうに見えるなら
かれらの抱えている「苦痛」と
だからこそ、さまよっていることを
理解されるでしょう……

しかし、あかるい娯楽の気持ちは
かれらをなぐさめたり
ばかばかしさに気づかせたりする
両刃の剣のようなところがあり

敬意と礼節は
もってほしいところではありますが



もしもそうしたものにふれるなら
あるいは、表現をするなら
私は敬意と礼節は
忘れないでいただきたいと思います
(できればホラースポットには行かないでください)

かれらは、
悪魔やマイナスのエネルギー体とことなり
ただ、苦しみにいまだに苦しむ
もともとは
わたしたちと同じ人間にすぎません

だれも他人にはなれません
人の人生やくるしみは
わかるようで、他人には
おしはかることしか
できないものです

わかっていないことさえ
わからずにいる、無理解は、どうしても
人間として、の部分を
落とし、なくしてしまいがちになる

なにがしかの存在を
揶揄し、踏みにじることは
見えないものであれ
見えるものであれ
人間として、恥ずかしいことです……



もしも、畏怖や恐怖をあじわいたいなら
(まさに肝試しですが)
明神様に頼んでありますから
「明神さま、怖い思いをさせてください」と
空に、あるいは神社で願われてください

夜には味わえます
(朝には解放されましょう)
2018-07-13 17:51:40

陰陽にならうこと、苦い経験の意味

陰陽は、陰をそぐことになく
陽をもとめることになく
陰と陽のバランスをとることにあるといいます

私はそれを聞いたとき
たとえば西洋医学と東洋医学の
ことなりと似ているなぁと思いました

陰をそぎおとし、陽にかえること
これは西洋医学のように
場に起きた不具合に即効性があります

陰陽は陰と陽のバランスを
長い目にしたがい整えていくものですから
即効性はありません



たとえば幸福、幸運ばかりもとめること
楽ばかりもとめること
占いで陰の経験をさけつづけること

これも(自前のエネルギーの)
陽を強め続けることですから、
やがては全体的にバランスを崩すことになります

ですから本道の陰陽のばあい
「バランスが陽(幸運)に傾きすぎてますから
明日は火の気のある陰
(人間関係の、喧嘩などのトラブル)を
味わわれた方がよいですね」なんてことに
なります



苦手なたべものにはその食べ物なりの栄養があります

敗北(陰)を味わわなければ
勝(陽)の道のりは
つづきえません

苦労はエネルギーのかたまりです
己がのまれさえしなければ
克力をふかめます



傷つかないこと、苦しまないことを
望みつづけるなら
皮肉なことに、なにがしかの
苦しみは生まれます

それは陰陽のバランスが
(無意識に陽ばかりをもとめるため)
しらないうちに崩れるからです

もっとも己をささえ
たかめてくれるのは
「嫌がらない、こわがらない」
忌避感、怯みをもち
避けようとする己をみつめ、
それにうちかとうとする
克己心なのかもしれません
2018-07-04 12:34:17

ラグナロクの最中に人にかせられたこと、愛が打破していくこと、怯えが魔物となること

ラグナロクは
天帝(天界)と悪魔(異界)の
闘いです
見えないところでは
すでにおきています

悪いこと、悪性のたかめを悪魔がおこし

よいこと、善性への気づきや
めざめのもたらしを
天界がおこなっています



悪魔にはたくさんの業があり
ひとつに「味方を敵と疑わせ、争わせる」とか
そんなことが得意です

かれらは錯覚をつかいます
錯覚を深めるわざがあるんです

以前、天界からのものものは
秩序と善をおもんじるあまり
悪魔のそうした錯覚の業に
混乱をきたしたりしました

そこで天界は策をこうじ
「敵とか味方とかではなく
ひとりひとりが、
自分の善(光)をあゆみなさい」とされました



ベーシックな「ルール」がある

ひとつに、怯え、憎悪、嫉妬、けいべつ、嫌悪など
人として負の想いがあるなら
これが、その人への「まもの」と化します

(攻撃者としてあらわれたり
騙すものとしてあらわれたりします)

たとえば「疲れ」に嫌悪感が有る場合
「疲れ」が魔物として
(見えないところで
見えないエネルギー体で)具象化します

(これを受けた人が
攻撃者となったりします)

ひとという命に
マイナスの感情があるのはしょうのないことです

それは消そうとするほど
濃くなったりもします

しかしそれは錯覚を生じさせる

そうした錯覚を濃くふかめ、
具象化させて相手を弱らせるためにつかう
それがベーシックな悪魔のやり方なのです……

ですから、この仕組みを覚えておけば
対策がとれるのです、
あらわれたものは某かの仕組みであらわれる

その正体を
正しく観ぬいて、解き明かすだけで
それは散っていきます



また、マイナスへの対策以外にも
きちんと救済の法則があります

愛には愛が
真心には真心がかえります
かならずきちんと、報われる

だしたエネルギーは己にもどる

負のエネルギーは
正(あるいは陽)のエネルギーで相殺できる

愛は最強のエネルギーであり
どのようなこともかなわない
場を覆すこともある

こうしたことが基本です

……

……ラグナロクは恐ろしいものではないし
現実に具現するともかぎりません

もっとも恐ろしい悪魔のわざは
錯覚にすぎません

自前から生まれる錯覚ですから
だからこそ、自己の鍛錬により
どのようなことも
超えることが可能です

幸福を常にもとめれば
なにが(あなたの)幸福かは見えてきます
忘れずに溺れずに歩みたしかにすれば
道のりは明瞭です
2018-07-04 11:32:58
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